Q:あなたが「自ずから明らかになる」というとき、あなたの本当の自己とはどのような感じなんですか?

レスター:あなたが終局へと行き着いたとき、ヴィヴェーカナンダが言うように、「私」だけが存在し「私」しか存在しなかった…と分かるだろう。

もし「私」以外存在しなければ、そして「私」だけが存在するのであれば、そのとき私は「すべてのもの」であり「すべての人」であるのだ。

これがあなたが感じることだ。

あなたは他のすべての身体を等しくあなたの身体だと見るだろう。

全ての人をあなただと見る。

その感覚は驚くべきものだ。

それはそれほど強烈な経験のため、今日あるどんな制限も越えてしまうだろう。

あなたはそれは経験しなければ決して分からないだろう。

しかし、あなたがいるレベルから言えば、それを「幸せ」と呼ぶだろう。

それは無限の喜びである。永遠の喜びだ。

最初それは大きな喜びの感情である。

それは圧倒されるほどの経験だ。

それは抑えるのが難しい。

それは快適な感覚ではなくなる。

フラフラになり、酔っ払ったようになり、有頂天になる。

困惑するようになる。

それから、それが落ち着くまでその状態でいる。

残されるのは、とても深く、深遠で快い幸せである。

それは今まで経験した究極の喜び以上のものであるため、これ以上の喜びを捜し求めないだろう。

喜びの状態は究極の状態である。

究極とは、平和の状態である。

我々はみな、時々この感覚を味わうことは可能なのだ。

続きます…

本当にこの状態を常に味わっていたいものです。。
私が味わったのは「自分が身体ではない」という感覚であり、「自分がこの世界そのものだった…」という感覚でしたが、まだ全ての人が自分だと完全に定着するほどの感覚はありませんでした。
それだけでもとてつもない至福だったので、レスターさんがおっしゃるこの究極の状態はどれほどの感覚でしょうか。
こういう文章を読むと瞑想頑張ろう!と感じたりします。

最近「非二元論」ブームで、「自分は存在しない」という経験や感覚を話す方々が多いですが、この至福感そのものの存在を感じたり至福感を味わったように見える方は少ないように思います。
やはり「究極」の状態まで行かないと、この感覚を常に感じることはないのでしょうかね~