それを本当に望むなら、すぐにそうなるだろう
我々は「永遠の存在」以外のものにはなれないのだ。
なぜなら、我々がそれだからだ。
我々はそれではないという概念を単に手放すことは可能なのだ。
「我々は身体であり、心である」という概念を単に手放すことは出来る。
まず最初に必要なのは、「我々は限定された存在である」という概念を手放すことを望むことだ。
永遠の存在であることを強く望むことで、早くそこに辿り着けるだろう。
しかし、彼が言ったように、我々はそれを望んでいないのだ。
もし、それを本当に望むなら、すぐにそうなるだろう。
もちろん、そこには困難さもある。何が困難なのだろうか?
それは「習慣」だ。
それは無意識の習慣的思考だ。それは心だ。
だから、我々はこの無意識の思考を排除しなければならない。
永遠の存在である我々を、心が隠しているのだ。
長い間、我々が本当は何であるか…とい思索することを我々は止めなければならなかったのだ。
その長い間、というのはほんの一瞬でもあるのだが。。。
※続きます